PROFILE

プロフィール

東松山市議会議員 5期目

鈴木 健一

昭和43年5月12日生まれ
出身: 北海道旭川市
経歴: 松山第二小-松山中-松山北中-松山高校-早稲田大学中退-中央大学法学部卒業(通信)-中央大学大学院-公共政策研究科修士過程卒業
資格: 行政書士 (行政書士東松山支部元支部長)
役職: 東松山市野球連盟副会長、東松山市マレット協会顧問、交通安全協会高坂支部監査、元東松山市監査委員、埼玉県著作権相談委員
趣味: 釣り、野球観戦、ウォーキング
座右の銘: 臥薪嘗胆
好きな人物: 高橋是清

台風19号 (2019年10月) 災害ボランティア活動

2019年10月の台風19号により川の氾濫が予想される毛塚地区九十九川で朝6時から水位を監視。

朝9時の時点で異常な水位の増加にただ事ではないと思い市長に連絡。
その時点で市長は避難所開設の準備、午前11時に避難所開設受け入れ 体制の整備。私は、仲間の議員に近くの川の水位の監視をお願いし、午前11時からは避難所を回り始めました。
豪雨到来 避難所の見回りと道路の冠水などの見回り。午後9時頃高坂小学校では避難する市民で溢れていました。
桜山小学校 白山中学校、大東文化大学緑山校舎が空いていたのでそちらを案内しました。

午後10時そろそろ帰宅しようとした時、 高坂小学校で停電。

私はもう寝る時間だから電気がつかなくても良いだろう。
そう考えて帰ろうとした時、職員が「議員さん、トイレが使えません。」そうか、それもあったか。すぐに職員に災害用トイレを出すように指示。職員は倉庫にしまってあった災害用トイレを出し、市民に使い方を説明し、終わった後のビニールの処理をテキパキやってくれました。

また、その後高坂小学校の校舎も開放したが、ほかの学校では校舎を開放することに一悶着あったと聞くが、 高坂小学校は、すんなり開放、エアコンも使用できました。
それから午前2時頃までは避難所を回り、市民の声を聴いてまわりました。
知っているご家族がいたので話かけましたが、ご主人がいないことに気がつきました。奥さんに聞いたら、避難せず米を見ているとのこと。私は直ぐに連絡を取るように話すと、携帯電話がご主人とつながりました。

「何しているんですか」と強い口調の私に対して「堤防が切れないか見ています。
鈴木さん、今、堤防が切れました。」それを聞いた私は、「すぐに何処でもよいから鉄筋の二階に上ってくださいと。」その方は二階に避難して、翌日の朝、消防隊によって助けられました。
二階まで浸水したとのことでした。

台風翌日から災害ボランティアを開始しました。
年内は毎日、災害ボランティアを行いました。

仲間の議員と、災害の被害がなかった高坂丘陵の市民の皆さんにお声をかけ、軽トラックを調達して、現地に入りました。
水に浸かった畳は一枚100キロを超え、四人で持ちトラックに積み込みました。
大げさではなく何枚運んだかわかりません。
毛塚地区では、新築の家を子どもを抱きかかえながら自分で浸水した壁を壊していた若いお母さんの姿は、今でも目に焼き付いています。

早地区では、泥だらけのゴミの山がいくつも高々と積み上がっていました。
その山を前に無力さと虚しさを感じ、それでも仲間とゴミを片付けました。

しばらくして自衛隊が来た時には、本当にこれで助かったと思いました。
東町ではいきなり怒鳴られたこともありました。
「どうしましたか。」私が聞いたところ、 「何故議員は来ないんだ。」とのことでした。

「私たちは、議員ですよ。災害当初から来ていました。」私が言うとすぐに「いつもありがとうございます」と言ってくださりました。
それからは、とりあえず名乗ってからやることにしました。
売名行為だと批難する人もいました。
批難されても、全く無視してやりました。

また、市役所とは災害ゴミの定義を巡って議論になりました。

災害ゴミでなければ、市で引き取らないので。
災害から生じたゴミは全て災害ゴミだと主張する私は、国にも確認して、自分が正しいし、それが問題になるのでは法律違反でも何で も訴えれば。
そう思い市民のために災害ゴミを運び続けました。
一般質問でも問題にしましたが、市は認めませんでした。災害ゴミの定義は市に任せられています。国は市に丸なげです。

東松山市は 非常に狭く災害ゴミを定義していました。
そんなことで年内は無休で、年明けは一週間に度ぐらいのペースでやりました。そんな中、コロナが広がりだしました。
ボランティアの募集もやりにくくなりました。
最後に終わったのは6月でした。6

 

災害を通して学んだこと、 そしてこれからの備え

行政は災害当初は助けには来ませんので自分で身を守り、災害にあったら自分で災害ゴミの片付け等をしなければなりません。

近隣の方も同じく災害に遭っていますので、各自で行うしかありません。
ボランティアをやり気がついたのは、ゴミの集積所です。
地域防災計画では、ゴミの集積所を予め決めてそこに各自がゴミを持ち込み、それを行政が集めることになっていますが、これが徹底しておらず各自で西本宿のクリーンセンターに持ち込まないといけない地域と、近くにゴミ集積 場をつくり住民がそこにゴミを運んだ地域とに別れました。

西本宿のクリーンセンターに運ぶには軽トラックが必要であり高齢者や、トラックがない人は大変です。

我々は、そういう人たちのゴミを軽トラックで運びましたが、ボランティアが常 に来てくれるとは限りません。
やはり事前に災害時のゴミの集積所を定め、そこまでは各自で運び込むようにしないと効率的ではないと思われます。
その集積所を行政のゴミ収集車や、委託業者の大型トラックでゴミ回収に回る。
自衛隊も、そのようにしてもらいました。

西本宿のクリーンセンターには、各自でゴミを運ぶトラックで溢れかえって、大渋滞が起こりま した。
そこで一々計量をしていたので、それを止めさせ渋滞を緩和させました。
こういうのも現場で実際にゴミ運搬のボランティアをやっていたからこそ、すぐに対応ができました。
災害時には特別なルールが必要です。

それを想定して、作っておかなければなりません。

最後に災害に遭われた市民の方々におかれましては心よりお見舞い申し上げます。

災害復旧、災害対策に向けて、できる限りのことを考え、議員としてできることをしてまいります。
高坂地区の災害対策、特に九十九川の治水対策のほか、松山地区の市ノ川、滑川の氾濫にも備えなければなりません。
また、何よりも大震災に対する備えも必要です。

これまでも多くの関連質問をして改善してまいりましたが、大きな問題、例えば要避難支援者の避難体制の確保など市民の皆様のご協力なくしては進みません。
ご理解ご協力、お願い致します。

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